PARTY レシピ レギュラー 催し おすすめ --
リンク 展示会 コラム Essay --


ロゴ


市崎恵美子さんのこと

 

ichizaki

 

茨城の常陸太田市にある市崎さんの家を訪ねたのは、1月のこと。
朝一番の高速バスに乗り、抜けるような青空のもと
快適ドライブで那珂インターに降り立つと
市崎さんがクルマを停めて待っていてくれました。
「寒いですから」と、貸してくれたひざ掛にくるまれて
のどかな風景を走ることしばし。
「ここです」と、辿り着いたお家の玄関をがらりとあけると
あ、学校だ!


ichizaki

 

ichizaki

 

ワックスが染みた懐かしい木の床に、ペイントされたドアの枠。
ぐるりに大きく開けられた窓。
聞けば学校ではなく「農業普及所」という集会所だったというこの家に
独立するため仕事場を探していたとき出会い
「一目で気にいってしまったんです」。
「寒いですよ〜〜」と、さんざんクルマの中で脅かされたけど
眩しいほど晴れ上がったこの日、大きな窓からふりそそぐ日射しで
家は心地よい日だまりになっていました。

 

ichizaki

 

ichizaki
        アップリケのあるカーテンは、市崎さんの手作り。

 

香川県出身の市崎さんが遥か茨城に住み着いた一番の理由は
じつは笠間という焼きものの里があったからというより
関東平野の景色に惚れ込んでしまったから。
四国や関西の、山に囲まれ陰影の多い地域で過ごして来た彼女には
初めて訪れた茨城のどこまでも平らな風景が
とてつもなく明るく爽快に見え
「なんて圧迫もないいい場所だ。こんな場所で焼きものができたらと思ってしまったんです」

 

ichizaki
写真嫌いの市崎さん。アップの写真撮影は失敗!

 

ichizaki
       仕事場っぽくしたくなかったんですという仕事場は、開放的。

市崎さんが陶芸を始めたのは、大阪の専門学校でのこと。
高校の卒業を控え、進路を考える時期に来て
「OLは無理だから、手に職を」などと漠然と思っていたら
所属していた美術部の先生に「泥遊びはどう?」と勧められ専門学校へ。

陶芸はたのしかったけれど、卒業後、「すぐに陶芸家というイメージもなくて」
何年か、フリーターで過ごしていましたが
やはり焼きものへの思いが頭をもたげ
専門学校の先生の紹介で信楽の製陶所に就職しました。
そこで3年勤めたあと、世界各国の陶芸家に
創作の場を提供している「信楽陶芸の森」へ。
滞在期限の半年を終え、それまで関西以西で過ごして来た彼女が
「 東京方面へ行ってみたい」と思ったとき
友人が笠間の存在を教えてくれました。

 

ichizaki
            窓辺には、市崎さんの作品が。

 

信楽から愛車で慣れない長距離をひた走り
いく度もサービスエリアで休息を取りつつ、初めての首都高を抜け10数時間。
彼女の前に開けたのが、関東平野の風景だったのです。

魅せられた土地ありき。
それからおもむろに市崎さんは「笠間の作家さんのことを本で調べました」。
笠間に来ていた陶芸仲間の家に泊めてもらい
何人かの陶芸家に弟子入りを願い出ては断られ
やがて辿り着いたのが筒井修さん。
筒井さんのところにはすでにお弟子さんがいて、余地はなかったものの
「ちょうどいま、いないところがあるから」と
そのまま連れて行かれたのが、森田榮一さんのところでした。

森田さんのことは、知らなかったけれど
まず、その家の佇まいに感動しました。
それは、森田さんが奥さんの言江さんと年月かけて手を入れた
独創的、かつ居心地よい住まいです。
そもそも笠間の焼きものやさんは、住まいもまた作品のように愛着を持って
手間ひまかけて自分らしく「創作して」いる人が少なくありません。
そして、もちろん森田さんの作品にも心引かれた市崎さんは
さっそく弟子入りを志願します。
急なことでたじろぐ森田さんに、筒井さんやその場に居合わせた馬場浩二さんが
後押しをしてくれて、とうとうOKをもらいました。

 

ichizaki

 

森田さんに弟子入りをして間もなくやって来た陶炎祭では
若い陶芸家たちと意気投合。
「たのしすぎて、翌朝気が付いたら知らない焼きものやさんの家にいました」などなど
市崎さんらしいエピソードを積み上げながら
森田さんのところで3年修業。
その後、師匠の勧めもあって独立し
釉薬の勉強をするために半年、笠間の窯業試験場に通いました。

 

ichizaki


そして、いよいよ自分の窯を持つ場所を探すことになったとき
市崎さんは、笠間から1時間ほど離れた常陸太田を選びます。
周囲に焼きものやさんだらけの笠間を離れ
「自然の中で、自分のペースでやりたかったんです」

OLに向かないと思った高校時代から、つねに自分らしくあることを求める
市崎さんらしい選択。
でも、自分らしさを貫くには、それだけのたくましさが必要です。
一目惚れした「集会所」を借りた市崎さんは
さっそくその庭に自力で窯場を建ててしまいます。
「お金がなかったから、材木屋さんに行って
売り物にならない木をもらって来て」
お向かいが大工さんだったから、柱だけは立ててもらい
やり方を教えてもらいました。
何度も材木やさんにクルマを走らせ、運んでは
壁から屋根まで一枚一枚自分で板を打ち付けました。
窓ガラスも廃物を利用しました。
断熱材も自分で「こんな感じかなあ」と、入れました。
窯場の建物の中に、母屋になかったお風呂場も作りました。
さすがに浴槽は「大家さんが付けてくれました」けど、あとはひとりの作業。
10月から12月まで、2ヶ月半かかって小屋は完成しました。
「寒かったですよ〜」。

 

ichizaki


「友だちに手伝ってもらうこともできたけれど
マイペースでやりたくて」というのが彼女らしさ。
入り口のわきには、表札代わりに番地を取り付けました。
手塩にかけて作り上げたかわいい窯場。
でも、いずれは出て行くことになるであろう借家だから
「愛着がわき過ぎて困るんですよね」
と市崎さんは、感慨深げに眺めます。

 

ichizaki

 

さて、 住まいと窯はできたものの、すぐに作家で
食べて行けるはずもありません。
何かアルバイトをしなきゃ、と考えたとき
「パン屋さんがいいな、と思ったんです」

 

ichizaki
                  パンのオブジェがかわいい。


パン屋さんなら、残ったのを食べさせてもらえたりするかも。
そんな気楽な思いつきが、市崎さんの人生を変えることになります。
スーパーに行った帰り、ふと目にした小さなパン屋さん。
住宅街の中にぽつんと立つ、その店はちょうど店員募集中。
さっそく働き始めて1年後、市崎さんはその店の若きオーナー
森島さんと結婚することになったのです。

森島さんは地元出身。ホテルのレストラン部で働いたあと
20代で自分の店を持ちました。
パンと陶芸。似ているような似てないような‥。
でも、どちらも何かを自分の手でつくり出す仕事だから
通じ合うところがあったのかも知れません。
集会所の家で、一緒に暮らし始めて4年。
(窯場を建てる前に知り合っていればよかったのにね)
いまはだんなさまが朝の4時頃出かけ、市崎さんは6時半ごろ出て店に行き
10時頃まで、パン屋さんを手伝って家に戻り
お昼からが自分の制作の時間です。
ほんとはまるまる1日、自分の仕事ができるといいと思うこともあるけれど
「でも、自分の場所があるっていいですね」と
せがんでパン屋さんを見せてもらいに行ったとき
ショーケースの向こうに立って、市崎さんは言いました。
パンを置くトレイや窓辺のオブジェ
店をいろどる市崎さんの作品が
ここがかけがえない場所であることを物語っているようでした。

 

ichizaki
      パン屋さんは定休日。パンが並んでるところが見たい。

 

「これからの自分を楽しみにしてるんです」。
さまざまな思い掛けない展開の中で
マイペースを愛する市崎さんが、ペースをつかめず夢中でやって来たこれまでの時間。
でも、良きパートナーを得て、自分の場所を得て
ようやく自分らしいリズムを感じられるようになったいま
市崎さんの前にあるのは、関東平野のようにひろびろとした
未知の自分への期待なのかも知れません。

 

ichizaki
デッサンは一応描いたりするけれど、「全然その通りにいきません(笑)」。

 

だれにも似ていない。
ただ、たのしいものを創りたいという一心で
思い付くまま生み出される市崎さんのうつわたちは
理屈を超えて見る人の笑顔を誘い、心を解き放ってくれます。
PARTYでの個展が、彼女の彼女の大きな未来への
新しい一歩になりますように。

 

ichizaki
え〜、そんなところも撮るんですか、と怒られたキッチン。かわいいよ。

 

ichizaki

仕事場にはもらって来た小学校の椅子や机や棚があって、懐かしい雰囲気をひときわに。

 

ichizaki

 

 








 


 

 

 

 


 

 



 



 

 



HomeRecipeRegularScheduleLinkRecommendLiveDear...